生田斗真エレカシで歌うま証明!!映画「予告犯」舞台挨拶で同期の嵐を名乗った理由


6月6日公開の映画「予告犯」。

この完成披露試写会の舞台挨拶で、主演の生田斗真さんが「嵐の生田斗真です」と挨拶したことが話題になっています。

同じジャニーズ事務所とはいえ、なぜ「」と名乗ったのか? ただのおふざけ?

いえいえ、その言葉の裏にはある真相が隠れていたようです。

生田斗真プロフィール

【生年月日】1984年10月7日
【出生地】北海道
【血液型】A型
【身長】175cm

 

まさかの嵐脱落!!

「俳優」という看板がすっかり板についた生田さんですが、実はジャニーズ事務所の一員。

1996年にNHKの「天才テレビくん」とジャニーズ事務所に同時に合格し芸能界入りしています。

「天テレ」は今でも子役の羨望の的。ジャニーズもアイドルを夢見る少年たちの憧れですから、これに同時に合格とは、この時すでに只者ではないオーラを放っていたんでしょうね。

ジャニーズ事務所入りについては、

1994年 大野智さん
1995年 櫻井翔さん
1996年 松本潤さん、二宮和也さん、相葉雅紀さん、生田斗真さん

というタイミングでの入所。

この並びで行くと、生田さんが嵐のメンバーでも全くおかしくなかったわけです。

いえ、むしろ、松本・二宮・相葉・生田の同期4人でMAINというグループ活動をしていたくらいですから、なぜ嵐の中に生田さんが選ばれなかったのか、不思議でなりません。

 

 もしや、歌やダンスがダメだった!?

今では、俳優としての顔も持つ嵐のメンバーですが、やはり歌とダンスが基本的な武器。

嵐に入れなかったということは、もしや歌やダンスが下手だったのでは?と疑ってしまいます。

確かに、CDデビューしていないことを考えても、その説は有力ですが、それをくつがえす動画があります。

堂本兄弟でエレカシの歌を披露した時の生田さんですが…。

歌、上手いんです。というか、かっこいい上に、歌までうまくて、うっとりしてしまうほどのレベルです。

では、なぜ? 他に嵐に入れない理由があったのでしょうか?

 

残るは、あの理由しかないでしょう…

歌やダンスに問題がないとすれば、「入(はい)れなかった」のではなく、あえて「入(い)れなかった」という解釈の方が正しいのかもしれません。

事務所入りと同時に、「天テレ」のてれび戦士として活躍し、NHKの連ドラ「あぐり」にも出演していた生田さん。事務所側は、すでに「俳優」としての才能を見抜いていたに違いありません。

1990年以降に所属したジャニーズのタレントでグループ結成・CDデビューを経ずに、ジャニーズJr.を卒業したのは生田さんだけ。これも事務所が本格的な俳優として生田さんを育てるつもりだったからなんだとか。

嵐のデビュー後は、主に舞台活動で自分を磨き、2007年のドラマ「花ざかりの君たちへ~イケメン♂パラダイス~」に出演してからはグッと認知度もアップ。今では誰もがその実力を認める人気俳優の生田さん。

事務所のこの先見の明。拍手を贈りたいぐらいですね。

自らその時の苦しい想いを語っていた!!

実は、生田さん、当時のことを櫻井有吉アブナイ夜会で語っているんです。

「グループの中に僕は入れなかった人間なんで、嵐がガンって出来た時に、バックダンサーをやることになったんですよね。

溝じゃないけど隙間がバッて出来た気がしたんですよ。

一緒に横一線で頑張ってたはずなのに、前後ろが出来たことがびっくりしてショックで、俺は負けたんだって言われてる気がしてすごい嫌だった。」

でも当時、ある人物からかけられた言葉で、生田さんは救われたんだとか。

 「嵐のファーストコンサート、翔くんが最後に『全てのお客さんと全てのジャニーズJr.に感謝します』と言ってくれて。

あれはグッときたな~。その後に翔くんが僕の所にパッと来て、すごい小さい声で肩抱いて「斗真本当にありがとうね」って言ってくれたんですよ。

それがすっごい嬉しくて。すごい翔くんに感謝してて。」

嵐のデビューから15年、ずっとわだかまりを抱いたままの生田さんだったのでは?と心配していましたが、そんなに早いタイミングで、嵐のメンバーである櫻井さんによって救われていたとは。

そこで吹っ切れたからこその、役者としての成長だったのかもしれませんね。

 

今のベストを尽くした「予告犯」。だからこそ名乗った「嵐」!!

映画「予告犯」は筒井哲也さん原作のコミックを映画化したものですが、この原作、かなりすごいんです。何でも、2012年、フランスで最も売れた日本マンガなんだとか。

こんな作品の主役に選ばれるほどの実力を持った生田さん。日本中が、ではなく、世界中がこの映画化に期待を寄せていると言っても過言ではありません。

生田さんにとって、かなり手ごたえのある作品となったこの映画を披露するにあたり、

「嵐の生田斗真です」

と名乗ったことは、もちろんただのおふざけでもなく、皮肉ったわけでもなく、

「嵐の一員にはならなかったけど、それがバネになって俺はこの作品を演じられるまでになりました!!」

と言っていたのではないでしょうか。

 

これからさらに男の色香漂う役者として飛躍されるのを楽しみにしています。

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