横井英樹の孫はZEEBRA!2人の生き様に似通った人間性が見える


1982年に発生したホテルニュージャパンの火災事件。

33人の命を奪ったこの悲劇で、大きくクローズアップされたのが、ホテルニュージャパン社長の横井英樹氏でした。

良くも悪くも日本の経済史に深く名前を刻んだ横井氏。彼の血を継ぐ孫こそ、日本のヒップホップ界でカリスマ的な存在感をもつZEEBRAさんです。

横井英樹の孫として、どんな人生を歩んできたのか。そこに見えてきたのは、意外にも似通った人間性でした。

 

横井英樹のプロフィール

【生年月日】1913年7月1日 85歳で死没
【出身地】愛知県

 

ZEEBRAのプロフィール

【生年月日】1971年4月2日 44歳
【出身地】東京都港区

 

祖父・横井英樹は乗っ取り屋

横井英樹氏は、愛知の貧しい農家に生まれ、15歳で東京の繊維問屋に丁稚奉公に出されました。

そして17歳で横井商店を立ち上げ独立。そこから、商魂たくましい横井英樹の激動の人生が始まります。

横井英樹氏を有名にしたのは、何と言っても老舗百貨店・白木屋の乗っ取り事件です。

第二次世界大戦が終了し、GHQに出入りして商売をすることで、財を成して行った横井氏。その時の取引相手に白木屋の関連企業があり、経営状態が芳しくないことを知ると、株の買い占めにかかります。

総会屋とのひと悶着や闇のルートの力も借りて、敵とやりあったこの様は、まるでドラマのようでもあります。

この後も、いろんな会社の株を買い占めては乗っ取りを続けて行った横井氏。

また自らも、海運業やショッピングセンター・ボウリング場の経営など、新しい事業も開拓して財を成しました。

 

ホテルニュージャパンでの火災事件

そんな横井氏が悪名高き人物として取り上げられることとなったのが、ホテルニュージャパンの火災事件です。

1982年2月8日に発生したこの大火事は、原因こそ宿泊者であったイギリス人の寝タバコだったものの、33人もの被害者を出すことになりました。

その原因は、安全を全く無視した合理化したホテル経営。スプリンクラーなどの整備は行わず、耐火素材を使わない内装であったため、火は瞬く間に燃え広がりました。

そして、その後、公の前に姿を現した横井氏の軽率すぎる発言に世の中の怒りは頂点に。結果、自身も禁錮3年の実刑判決を受けることとなりました。

 

 

孫ではなくなっていたという衝撃の事実

このホテル火災の時、筆者は11歳。テレビに映し出された翌日のホテルニュージャパンの無残な姿は今でも記憶にあります。

そして、筆者と同じく小5でこの事件に影響を受けることとなったのが、横井英樹氏の孫であり、日本のヒップホップ界をリードするZEEBRAさんです。

ZEEBRAさんは、横井氏の長女・智津子さんの息子。本名は、横井英之(よこいひでゆき)。

英之の「英」は、祖父・英樹氏から一字もらったものだそうです。

それほど、ZEEBRAさんの誕生の時から影響のあった祖父。

ホテル火災が起こるまで、ZEEBRAさんは、横井氏のことをよく知らず、ただ気前のいい祖父としてしか見ていなかったと言います。

しかし、火災後は一変。同級生からはこぞって非難され、深く傷ついたとか。

加えて、大人になり結婚の届を出すため、戸籍を調べてみると、自分は横井氏の養子になっていたと言います。

ZEEBRAさんの母親・智津子さんは、坂倉竹之助氏と再婚されていますので、本当なら坂倉姓のはず。

それが、まさか自分を少年時代に苦しめた祖父の養子になっていたとは、かなりの衝撃だったのではないでしょうか。

 

祖父の存在はやはり大きかった

商魂たくましく我が道を貫き、85歳で病死した横井氏。

その金への執着は、舌を巻くほどですが、15歳で奉公に出、一代で成り上がって行った者の強さをそこに感じずにはいられません。

そんな祖父の姿を否が応でも見て成長したZEEBRAさん。

幼少から慶應幼稚舎で学ぶも、中学を自主退学したり、20歳の頃結婚するもすぐに離婚したりと波乱万丈の人生を歩んで来ました。

祖父とはその土俵が違うとはいえ、音楽業界でいろんな騒動を巻き起こしているのも事実。

ヒップホップにあまり興味のない筆者としては、自分なりのZEEBRA評を下すのが難しいわけですが、その指針にしたいと思う要素が、今の奥様・モデルの中林美和さんとの夫婦像です。

前妻との間に年子の息子がいたZEEBRAさんと結婚した中林さん。若くして2人の息子の母となり、ほどなく年子の姉妹が誕生します。

4人の子供の必死の子育てについて中林さんが書いた著書「おんぶにだっこでフライパン」では、モデルとして子育てに奮闘する大変さと共に、夫・ZEEBRAさんのことも赤裸々につづられています。

しかし、あえて正直に記すことを許したのはZEEBRAさんだったとか。

自分を包み隠さない。これは自信があるからこそできることですよね。

世間からは酷評を受けつつも、信念に従って生涯を全うした祖父・横井英樹氏と、不思議とその生き様がだぶるような気がします。

著書の中でZEEBRAさんはこう語っています。

「もしもじいさんが世の中に対して作った負があるとするならば、別の何かでプラスにできないだろうかということは考えている」
「公のために何かをしたいっていう意識は、その“負”から生まれている気がする」

今は過去のすべてを消化し、祖父へのリスペクトさえ感じるこの言葉。

祖父の負の遺産を正の遺産に変える活躍を、期待しています。

 

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