佐伯玲子と宗教を切り離せなかった旦那AKIRAが残念!経験者の忠告に耳を傾けよう


「THE爆報フライデー」に佐伯玲子さんが出演されます。

この番組のMCでもある爆笑問題と同期の佐伯さん。

「美人女芸人S」ということで予告されていましたが、現在の佐伯さんは自分を美人とくくってもらえることに恐縮した様子をブログで明るく語られています。

今ではそんな佐伯さんですが、過去に新興宗教に入れ込んで、旦那さんと離婚してしまったという経験が…。そして生命の危機までさらされる状態であったことを今回の番組で赤裸々に語られるようです。

一体、今の佐伯さんにたどり着くまでにどんなことがあったのでしょうか。

 

佐伯玲子は元女芸人

佐伯玲子さんは名古屋出身。生年月日は明らかにされていませんが、ブログの中で「アラフィフ」と自称されています。

デビュー当時はものまねを得意とし、キャシー中島さんや中森明菜さん、山口百恵さんなどがレパートリーだったよう。

筆者は拝見したことはありませんが、現在佐伯さんが取り組んでいらっしゃる讃美歌とエアロビクスのコラボ「賛美クス」や、プロレスとエクササイズのコラボ映像を見ると、かなりの実力だったことが想像できます。

 

洗脳と病気の日々

そんな実力もあり、大手の事務所に所属し、結婚もして子供も授かりながら、佐伯玲子さんは新興宗教に足を踏み入れてしまいます。

原因については、番組の中で語られるのでしょうが、芸能活動が思うように行っていなかったことが一番の原因かと推測できます。

そして、新興宗教にハマる人のそれと同じく、すべての家財をつぎこむ勢いだったという佐伯さん。

「摂理」に従うと言えば、聞こえはいいですが、医療行為を受けないという「摂理」さえも鵜呑みにしていたと言います。

そんな中で佐伯さんを襲ったのが子宮筋腫

最終的には約30㎝、6.5キロまでに成長してしまった筋腫を抱えるまでになってしまっていたのです。

月経の時の出血はすさまじく、タクシーに乗る時などはビニールを敷いて座るほどだったそうで、いわば輸血寸前の貧血状態だったとか。

医療行為は受けられないということで、高価なお茶や水、サプリメントなどにお金をさらにつぎ込んでいたそうです。

しかし、そんなことで巨大化する筋腫の進行をとめられるわけもないわけですが、泥沼状態の佐伯さんに手を差し伸べたのが、芸人時代の先輩でした。

同じように芸の道で悩み、牧師へとなった方の救いの手が佐伯さんを引っ張り上げてくれたのです。

目を覚ました佐伯さんはやっと病院を受診。あまりに大きな筋腫だっただけに、手術をしてくれる病院にたどり着くまでに3軒もの病院を回ったそうです。

その頃には、バセドウ病や鼻の中に巨大なポリープが出来たりと、徹底的に病んでいた状態だったと言います。

ブログでは、その頃の自分の顔に「死相」を感じるとさえ言われている佐伯さん。

先輩の救いの手が本当の神の救いでしたね。

 

旦那AKIRAとの離婚

プロレスラーであり、俳優もこなすAKIRAこと野上彰さん。1984年に新日本プロレスに入門し、同期には蝶野選手などもいます。

1994年に佐伯玲子さんと結婚。試合中に左目を負傷して網膜剥離の状態になり、引退も考えられたようですが、佐伯さんのすすめで俳優活動を開始。

プロレスラーからの一切の引退も考えていたところ、同期の蝶野さんから「表現の場」としてのプロレスの道を説かれ、引退を踏みとどまったそうです。

そんなAKIRAさんは、結局佐伯さんを洗脳の中から救い出すことはできませんでした。

しかし、野上さんのブログやfacebookなどを拝見すると、プロレスという厳しい道で生きてきた苦労と野上さんの誠実な人柄がうかがえます。

妻であった佐伯さんが、周りが見えなくなっていた時期に、きっと気持ちの共感できたであろう野上さんが、何かできることがあったのではないかと思えてなりません。

お二人の間には息子さんもいらっしゃいますが、お子さんの存在を考えるとますます残念でなりませんね。

 

 佐伯玲子からの忠告

佐伯さんが、ブログの中で、先日7歳の糖尿病を患っていた男の子が医療行為を行ってもらえず亡くなったことについてふれられていました。

今回の「THE爆報フライデー」での佐伯さんの出演も、こんな事件のあった直後ということで、何かの巡りあわせなのかもしれません。

人というのは、とかく弱い心を持っています。

最悪の時期の佐伯さんが、新興宗教という大きな存在を切り離せなかったのもその弱さゆえですが、そんな佐伯さんを救うことのできた大きな存在も、実は宗教でした。

ブログでは、そのキリスト教について日々つづられています。

イエス・キリストをジーザス兄さんと呼ぶところなど、まさに佐伯さんらしさ全開ですが、今の佐伯さんにはぶれない芯のようなものを感じます。

あまりキリスト教を知らない人からすれば、新興宗教もキリスト教も同じ宗教のように思えるかもしれませんが、その宗教の中に身を置いたとき、自分を見失わないかどうかは大切なことです。

この世知辛い世の中、人間の弱さゆえ、悩み続ける人たちも多いと思います。そんな方たちに佐伯さんは、こう言っています。

暮れぐれも助けを求める「場所」を間違えませぬ様に….。

ぜひ、心にとどめておきたい言葉ですね。

 

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