辻岡義堂は中学高校大学と慶應!実家のある藤沢で人間性が磨かれました


日テレの人気アナウンサー、辻岡義堂さん。

今年の箱根駅伝でも、気持ちのよい実況を行ってくれましたね。

今年はいよいよ30代に突入の辻岡アナですが、体型も人柄も丸みを帯びてきて、そのキャラクターが「好きなアナウンサーランキング」での大幅ランクアップの勝因だったのかもしれません。

そんな辻岡アナは、藤沢市出身。どんなご実家で育ち、高校、大学とどんな学生生活を送ったのでしょうか。

 

辻岡義堂は中学・高校・大学と慶應ボーイ

辻岡義堂さんは、1986年6月28日生まれの29歳。

神奈川県藤沢市で生まれ育ちました。

幼稚園は、藤沢市本鵠沼にある富士幼稚園を卒園。

藤沢市立片瀬小学校に進み、その後は慶應義塾湘南藤沢の中等部・高等部へ。

大学もそのまま慶應の総合政策学部に進まれました。

総合政策学部は湘南藤沢キャンパスにありますので、大学までを藤沢で過ごされた辻岡アナ。

地元藤沢への思いは人一倍強く、観光親善大使である「湘南海の王子」も務めていたほどなんです。

このコンテストはミス藤沢の流れをくむもので、1996年から「海の女王・海の王子コンテスト」として、王女と王子が複数名ずつ選ばれているよう。

2005年度の一年間、藤沢市の広報のため、「王子」として奔走した辻岡アナですが、大学時代の写真を拝見すると、今より2回りほどすっきりした印象です(笑)。

中学、高校から大学まで、バスケットに打ちこんでいたという辻岡アナは健康的でまさに適任ですが、「教養豊か」という点も慶應ボーイということで難なくクリアーしていたのでしょうね。

大学時代は、ルックスこそ軽い感じですが、授業もまじめに出席し、政治や経済について広く学び、アフリカの貧困をなくすにはどうしたらいいか真剣に考える日々だったとか。

大学の他に、法律を学ぶための学校にも通っていたといいますから、本当に勉強が好きだったんですね。

ちなみに、辻岡アナは慶應大学でも2007年のミスター慶應の最終6人までに選ばれているんですよ。さすがです!!

 

実家はやっぱり寺の家系

中学から慶應ということで間違いなく良家に育った感のある辻岡義堂アナ。

お寺の家系であることを過去のインタビューで明言されています。

「義堂」という名前についても、おじい様もお父様も「義」がつくそうで、辻岡アナの名前はそのおじい様がつけてくれた名前だとか。

「“堂”っていう字は左右対称じゃないですか。裏表がないようにという願いが込められているそうです。」

とてもいいお名前ですね。

今では、愛称も「ギドー辻岡」と言われるくらいですから、ご本人もとても気に入っているんでしょう。

お寺の家系ということで、気になるのはその「お寺」の存在ですが、藤沢市の宗教法人では辻岡姓での住職の登録はないようです。

芸能人でも今田耕司さんや内野聖陽さんのご実家はお寺ということで有名ですし、DJケミカルさんはお寺の跡を継ぐことになりましたね。

仏教と共に歩んできた日本ですから、寺の息子が芸能界で活躍していても珍しくない時代になったようです。

 

家族と嫁とふるさとに支えられ

自分の名前に込められた名前の通り、自分に嘘をつかない、裏表のない人間になりたいと語ってきた辻岡アナ。

そんな素敵な名前を贈ってくれた祖父や、言葉少なながらいつも的確な言葉でサポートしてくれた父親、そしてこれまでいろんなことに精力的に活動してきた辻岡アナ以上にフットワークが軽いというお姉さんの存在。

そんな家族に支えられ、藤沢という土地の自然と人が「辻岡義堂」という人間を作り上げたのかもしれませんね。

同級生で法政大学出身の嫁・鷲尾春果さんは、今でもセントフォースに所属しタレントとして活躍する才女ですが、春果さんのブログでは夫婦仲もすこぶる好調のよう。

1歳半になる娘さんにも恵まれ、辻岡アナが以前より太ったのは、この幸せすぎる家庭が原因だということがバレバレです。

この勢いで、今年こそは「好きな男性アナウンサーランキング」で先輩の桝太一アナから首位の座を奪い取るかもしれませんね。

期待していますよ!

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