萩原正人は爆笑問題太田光と嫁に救われた!肝硬変から復活は周囲への感謝の日々


元・キリングセンスというお笑いコンビで活躍していた萩原正人さんが「爆報!ザフライデー」に登場されます。

一度は、肝硬変で余命半年を宣告されながら、爆笑問題の太田光さんらお笑い芸人仲間や当時の妻らの尽力で命を救われた萩原さん。2015年に再婚され、新妻に腎臓の1つを提供してもらい、2度目の移植に臨まれました。

現在は、ハギワラマサヒトとしてコラムなどを執筆しながらライター活動を行われています。

今回は、そんな萩原正人さんについて迫ってみます。

 

萩原正人のプロフィール

【生年月日】1967年5月31日 48歳

【出身地】栃木県

【血液型】O型

1987年に、河崎健男さんとお笑いコンビ「キリングセンス」を結成。当初は人力舎に所属していたが、後にタイタンに移籍。タイタンは、太田光の妻である太田光代が創業した芸能事務所である。

 

 

余命半年を救ったのは爆笑問題の太田光

1999年、萩原正人さんは高熱により緊急入院。

診断の結果は、B型肝炎から来る肝硬変。しかも症状は末期ということで、静脈瘤破裂で大量に血を吐き、ドクターからは余命半年を宣告されてしまったのです。

日進月歩の医学ですが、この頃、B型肝炎患者への臓器移植というのは不可能と日本では言われていて、萩原さんも周囲の人々も死を覚悟したと言います。

しかし、そこで諦めなかったのが、同じ事務所に所属する爆笑問題の太田光さんでした。

1993年に自らの芸能事務所を、妻・太田光代さんの大きなバックアップを得て立ち上げた太田光さんは、いろんな賞を受賞し、飛ぶ鳥も落とす勢いでした。

そんな太田さんは、事務所に所属していた萩原さんのために、毎日必死で腎移植の情報を集め、海外でなら移植が受けられることを調べあげたのです。

しかし、現在でもそうですが、海外での臓器移植には莫大な費用がかかります。

渡航費や手術費はもちろん、異色の順番を待つまでの滞在などを計算すると、少なくとも5千万円の費用が必要でした。

しかし太田さんは、費用をありとあらゆる方法で捻出し、移植全般について支援を行うトリオ・ジャパンという団体の支援も受け、萩原さんと妻をアメリカに渡らせました。

 

 

九死に一生を得た萩原正人

肝臓移植ということで渡米した萩原さんでしたが、移植を待つ中で腎臓の症状が悪化して腎不全となり、腎臓の移植も必要な状態となっていました。

渡航当初は、順番待ちは1年から1年半と言われていたそうですが、元々余命半年と宣告されていた萩原さん。

体調は日々悪化し、奥さんと二人、精神的にも追い詰められて行ったと言います。

そんな中、2000年4月28日、無事肝腎同時移植を受けることができました。

しかし、順番が回ってきたのではなく、容態が一気に悪化し、緊急移植という事態に陥ったから。

この時のことを萩原さんは「僕は、これほどまで生きたかった」という自著の中で赤裸々につづられています。

太田さんは、萩原さんがアメリカに発つ時、自著「爆笑問題の日本原論」の10万部突破記念として出版社から贈られた高級時計を萩原さんに持たせたそう。

「これを持って運が開けたからから」

という言葉ともに贈られた時計は、その役目をきちんと果たしたわけですね。

いつもはあまり仲間思いな部分を感じさせない太田さんですが、実はあったかいハートの持ち主。そんなことを感じるエピソードです。

 

 

2度目の移植で嫁に救われる

移植を行ったから完治ではなく、その後もいろんな症状が萩原さんの体を襲い、2015年12月に2度目の腎臓移植を受けられています。

実は、1度目の移植の際、アメリカに同行されていた奥様とはその後離婚。

2015年3月に今のお嫁さん・美香さんと結婚し、11月に挙式を済ませられました。

そしてこの結婚したての美香さんが、今回の生体腎臓移植でみずからの腎臓を萩原さんに提供されたのです。

美香さんによると、1度目のアメリカでの移植の時、キリングセンスの大ファンだったらしく、

「肝臓あげられたらなー」

と思っていたのだとか。

そして、予想だにしなかった、萩原さん本人との交際、そして結婚。

なので、腎臓移植についても、

「今度は腎臓あげられるー!チャンスきたー!!」

と告白されています。

移植は12月10日に無事成功しています。

 

人の気持ちって温かい!!

一度目のアメリカでの移植の際ついた傷痕について、過去に語られている萩原さん。

現地では、その傷がメルセデスベンツのマークに似ていることから「ベンツマーク」とも呼ばれているそうですが、萩原さんのおじいさんは「三ツ矢ツイダー」のマークと言われたそう。

ユーモアセンス抜群のおじいさんですが、萩原さん自身は

「『人』という字にも見え、感謝の気持ちを続けなくてはならない」

とおっしゃっています。

今回、2度目の移植を経験された萩原さんですが、1度目は、結果的に離婚はされたものの力強い奥様の助けがあり、また芸人仲間の強い絆があり、命を長らえることができました。

そして今回、何かの縁で巡り合ったお嫁さん・美香さんに命をすくわれることとなった萩原さん。

ツイッターでも

「俺は奥さんを死ぬほど大切にします」

と宣言されています。

世知辛い世の中ですが、人と人との思いやる気持ちは決して消えてはいません。

でもきっと、萩原さん自身が、そんな「人の優しさ」を呼び寄せる人だったんでしょうね。

これからもずっと元気に活躍してくださいね。

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