藤田小女姫事件の容疑者・福迫雷太は無実か!?女占い師の謎多き人生


藤田小女姫(こととめ)さんの事件が「ザ!世界仰天ニュース」で取り上げられます。

1994年に亡くなった小女姫さんですが、その名前を覚えている人も多いはず。

事件後、何度もマスコミで取り上げられたからかもしれませんが、小女姫さんの人生は謎だらけのような気がします。

小女姫さん事件の犯人とされている福迫雷太容疑者もその1つ。事件から22年経った今でも、無実を訴えているそうです。

福迫は本当に犯人なのか!?

実は、そう言い切れないある事実が存在しているようです。

 

藤田小女姫さんの生い立ち

1938年1月4日に福岡県に生まれた藤田小女姫さん。

本名は、藤田東亞子(とあこ)さんと言います。

小女姫さんは、霊感占いができ、そのことが日本の政財界を中心に重宝され、一躍有名になりました。

Wikipediaによれば、9歳の時に、狐が憑依したそうで、それから霊感が働くようになったそう。

小学6年生の時には、「奇跡の少女」としてサンケイ新聞でも紹介されたそうですが、実の弟さんの著書によると、学校というものに行くことはなかったと言います。

というのも、小女姫さんの実の父親は、多くの養女をとり、働かせることで生計を立てていたそう。

実子である小女姫さんも、他の養女と扱いこそ違え、きちんとした教育など受けさせてもらえることもなく、不遇の少女時代だったのかもしれません。

そんな境遇に加え、当時の岸首相、福田首相、あの松下幸之助さんなどを顧客とできるくらい占い師としての腕を買われた小女姫さん。

財は成すことができたかもしれませんが、小女姫さんの心の奥ではどんな気持ちが渦巻いていたんでしょうか。

 

藤田小女姫事件とは?

財を築いた小女姫さんは、サウナを経営していたそうですが、1968年、そのサウナで火事が発生。小女姫さん、30歳の時でした。

この火事では死者が出たため、大きくバッシングを受けることとなり、それまでの大物の顧客たちも次第に小女姫さんの元を離れていきました。

そして、40歳の時、ハワイに移住された小女姫さんでしたが、1994年、高層マンションの一室から彼女の遺体が発見されました。

部屋から火が出たことで駆け付けた消防隊が、クローゼットに押し込められて亡くなっていた小女姫さんを発見したそうですが、頭部に銃で撃たれた跡があったと言います。

この時、小女姫さんは56歳でした。

実はこの日、銀行に小女姫さんから融資を申し込む電話があったそうですが、その声が「おびえていた」ようだったのだとか。

加えて、同日、ハワイ大学に通っていた小女姫さんの息子・吾郎さんが遺体で発見されたのです。

母親が亡くなったホテルから数キロのところにあるホテルの駐車場で焼死体となっての発見でした。

吾郎さんも胸を撃たれていたと言います。

 

 

容疑者・福迫雷太は無実!?

この事件の容疑者として浮上したのは、吾郎さんのスキューバダイビングを通しての友人・

福迫雷太でした。

前科のあった彼のアパートから、小女姫さんと吾郎さんの命を奪ったものの同じ型の弾丸が発見されたことと、ソファから発見された血痕が吾郎さんのDNAと同じ型だったというのが動かぬ証拠となりました。

また、親子の生前、福迫は藤田家をたびたび訪れていて、時には借金を申し出ていたのだとか。

しかし、福迫は、

「自分は殺していない。だが、誰かに脅されて、遺体の搬送を手伝っただけ」

と供述し、終身刑を受けつつ、今なお無実を訴えています。

 

謎の真相はノートが知っている!?

福迫雷太と藤田親子とのつながりや証拠の数々を聞くと、犯人は福迫に間違いがないような気がします。

しかし、ある事がこの「藤田小女姫事件」を謎めかせています。

それは、小女姫さんが生前書き留めていたという政財界についての様々なエピソードをつづったノートが今なお発見されていないということです。

どんなことがそこに書かれていたかは想像すらできませんが、名だたる大物たちの裏の顔を知りつくしていたであろう小女姫さん。

彼女だけが知っていた真実、それも世の中を騒然とさせるような真実があったとすれば、もしかすると福迫もそのおとりなのかも…、という憶測が働くのも自然なこと。

福迫の「誰かに脅されて」という言葉も気になります。

一般人の筆者には、全く想像のできない世界ですが、小女姫さんは幼い頃から亡くなるまで、汚い大人に振り回された人生だったのかなと思わずにはいられません。

小女姫さんが天国では心安らかに息子さんと暮らしていることを願ってやみません。

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