市川右近 息子の母は3番目の嫁!元嫁たちと何が違ったの!?


歌舞伎界のジュニアたちが続々とお披露目をしていますね。

そんな中、市川右近さんの愛息子・タケルくんが初お目見え間近のようです。

市川右近さんは2度の離婚歴があり、タケル君の母親は市川右近さんにとって3番目のお嫁さんになります。

現在のお嫁さんも美人という噂ですが、元嫁のお二人も美人だったそう。

いずれもスピード離婚だったようですが、現在のお嫁さんと何が違ったのでしょうか。

 

市川右近のプロフィール

【生年月日】1963年11月26日
【本名】武田右近
【血液型】A型
【出身地】大阪府
【学歴】慶應義塾大学法学部政治学科卒業

 

市川右近の元嫁たち

市川右近さんが最初の結婚をされたのは平成3年のこと。

お相手は元モデルさんだったそうですが、何と1年もしないうちに離婚されました。

この時、右近さんは28歳。ちょうど本格的に古典歌舞伎を始めた頃のことです。

離婚理由は明らかにされていませんが、まだまだ若いということで、すれ違いが原因だったのかもしれませんね。

2回目の結婚は、平成11年8月。

1年半の交際期間を経て、元スチュワーデスの天羽亨子さんと結婚されました。

しかし、この結婚も約3年で破綻。

当時はサルサ離婚とも言われましたが、その名の通り、嫁の亨子さんがサルサで日本一を目指せるほどのレベルにまでなってしまったのだとか。

「彼女は結婚してすぐにサルサダンスと出合い、日本一を目指すレベルになった。登山口は違っても頂上は一つと思っていたが…。(家庭に)2人の演技者がいたということ」

やはり、歌舞伎役者の嫁と言えば、陰で夫をしっかり支えていくというイメージですが、夫婦で並ぶような立ち位置になってしまったんですね。

子供もいなかったということで、穏便に離婚がなされたようです。

ちなみに、最初の奥様も2番目の奥様もネットでは派手な印象のルックスだったという評判。右近さん自体も、濃い顔立ちですから、自然と似たような方を選ばれていたのかもしれませんね。

 

3度目の正直!?

右近さんが3回目の結婚をしたのは、2006年12月。

今回のお相手・明子さんは右近さんに10歳年下で初婚。音楽団体の事務員をされていたようですが、学生の頃には雑誌のモデルもしていたと言いますから、これまた美女を捕まえたということになります。

でも美しいだけではなく、

「大変な3年間を支えてくれた人。芝居をすごく愛してくれる人です」

と当時の右近さんが語っている通り、右近さんの師匠・猿之助さんが脳梗塞で倒れ、代わりに一門をまとめるべく奔走していた右近さんを陰で支えていたのが明子さんだったのです。

右近さんが命を注いでいる歌舞伎のことを理解し、そばでそっとサポートする女性が、やっと現れたのかもしれません。

そして、結婚から3年。

右近さん待望のお子さんを明子さんが授かったのです。

自分が猿之助さんに教わってきたことを次の世代に伝えたいという思いがあり、ぜひ男の子をと望んでいた右近さんでしたが、生まれてきたのは3481gの立派な男の子でした。

名前は、猿之助さんが始めたスーパー歌舞伎の第一作「ヤマトタケル」から取って「タケル」くん。

右近さんの本名は武田なので、武田タケルということで最初は迷われたようですが、師匠が授けてくれた名前を最終的には愛息子につけられたんですね。

 

息子タケルくんに託す夢

タケルくんは現在6歳。幼稚園の年長さんだそうですが、将来の夢は一も二もなく「歌舞伎俳優」なんだとか。

これは、右近さんはもちろん、名付け親の猿之助さんもうれしいでしょうね。

右近さんは元々歌舞伎一門の生まれではありません。

日本舞踊の家元の長男という出自ながら、小学校3年の時に猿之助さんの演技を見たことでとりことなり、11歳の時に猿之助さんの第1号の部屋子となりました。

それだけ幼い頃から、歌舞伎に対する思いが深い右近さんだけに、タケルくんに託す思いも他の歌舞伎人より大きいはず。

初お目見えの6月大歌舞伎で演じる「義経三本桜」の安徳帝役ではセリフもあるのだと言います。

父親と名付け親の期待を一身に背負い、将来の大物がどんな芝居を見せてくれるのか、今から楽しみですね。

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ