落合陽一の父は落合信彦!その頭脳は父と母の子育てが作り上げていた


「魔法使い」を名乗る不思議な男性・落合陽一さん。

それだけ聞くと、風変わりなマジシャンかと思ってしまいますが、落合陽一さんはアナログとデジタル、そしてメディアとアートを融合させるという何とも先鋭的な研究をされている方なんです。

どんな子供時代を過ごせば、そんなことを考え出す頭になるのかと不思議に思うわけですが、それは育った家庭環境にありました。

落合陽一さんの父親は、ジャーナリストとしても有名な落合信彦さん。仕事に厳しい父親は、息子の教育についても一切妥協のない人だったよう。

今回は落合陽一さんを通して、落合家の子育てに迫ってみたいと思います。

 

落合陽一のプロフィール

落合陽一さんは1987年9月16日生れで現在28歳。

六本木で生まれ育ち、高校は名門・開成高校を卒業。

2度の東京大学受験に失敗し、筑波大学で情報メディアを学び、その後、東京大学大学院で飛び級にて博士課程を修了されています。

 

 

落合陽一の父は落合信彦

落合陽一さんの父親は、国際政治ジャーナリストとしても有名な落合信彦さん。

定時制高校を卒業後、奨学金を得てアメリカのオルブライト大学に進学し、その後、アメリカのさまざまな要人たちとビジネスを行うなど、大変な才能に恵まれていた方のようです。

ちなみに、筆者は日本で作家として活躍する落合信彦さんの印象の方が強いのですが、これまでに100冊を超える著書を世に送り出しています。

そんな信彦さんは、1973年、オイルショックの起こる直前に海外での仕事を引き上げ日本に帰国。

その14年後に誕生したのが、ひとり息子の落合陽一さんです。

父の信彦さんは、日本に帰国してからは作家としての活動に忙しかったため、息子が生まれてもなお、ホテル住まいで執筆活動を続けていたよう。

そこて、陽一さんと母親が、週に1回ホテルに父親を訪問するという生活が高校時代まで続いていたそうです。

加えて、陽一さんの母親も外資系の航空会社でCAとして勤務していた方で、その後も衛星放送の会社を経営し、音楽プロデューサーも務めていたと言いますから、さぞや寂しい思いをした子供時代だったのではと思ってしまいますよね。

が、しかし、陽一さんに至っては、決してそんなことはなかったんだとか。

というのも、祖母が同居していて、時には祖父も買い物を共にしてくれるというフォロー体制があったから。

加えて、やりたいと思うことはすべて両親がさせてくれたということで、陽一さんはピアノや英語などのポピュラーな習い事をはじめ、絵画教室や学習塾、しまいには科学について学ぶ教室にも通っていたそうです。

それでも普通の子供なら、いくら好きなことを親がさせてくれても、やはり寂しい思いを少しはすると思うのですが、陽一少年はさすがに父と母のDNAを受け継いだ子。

決して卑屈になることもなく、好奇心を大いに伸ばしていったようです。

 

 

落合家のルール

お金持ちの家の一人っ子がモノや金ばかり与えられてきちんと育たない話はよくありますが、落合陽一少年が好奇心を伸ばし、まっすぐ育っていったのには理由がありました。

それが落合家の2つのルールです。

1つは、何か欲しい時はすべて現物支給だったこと。

子供に対し無条件にモノを与えることに疑問を持つ方も多いと思いますが、落合陽一さんは自分の子供時代を振り返って、こんなふうに言っています。

子供自身や家族が、子供の才能に気付くのは、モノを与えているから。

確かにそうですね。いろんなチャンスを子供に与えることで、子供はその才能を伸ばすことができ得るわけです。

そして、もう1つのルールは、欲しいものがある時はプレゼンを行うこと。

陽一さんは小学生の頃、発売されたばかりの「ウィンドウズ95」が欲しくて、一緒に買い物に行った祖父に切々と買いたい理由を説明し、購入にこぎつけたそうです。

欲しいからとすぐにモノを与えるのではなく、きちんとした理由の元に買い与え、その後はそのモノに向かう子供をよく観察する。

そうすることで、好奇心にどん欲に突き進む落合陽一さんのような人物ができがったんですね。

 

父の言葉にしびれる…

「俺はニーチェを読んでいないやつとはしゃべれない」

「なぜ自分の首に、首輪をつけようとするんだ」

「大した命じゃないんだ、燃え尽きるまでやれ」

これらは、落合陽一さんが幼い頃から父・信彦さんに言われてきたという言葉です。

ちなみに、これらの言葉を投げかけるだけでこまかい説明まではしなかったと言いますから、陽一さんの思考力もこんな父とのやり取りで身に就いたのかもしれません。

ちなみに、私がしびれた信彦さんの言葉は、

「卑屈に斜に構えて批判した気になるな」

です。

これには、

自分自身でやってみることが重要で、斜に構えて批判した気になることほど格好悪いものはない

という意味が込められているそうです。

これって、思春期の子供たちによくある態度ですよね。

それをこんなふうに言い捨てられると何の反論もできませんね。

でも陽一さんは、父親に言い放たれたその言葉の数々をきちんとかみしめ、自分の心に刻みこんだんでしょうね。

それでこそ、今の奇想天外な発想が生まれるんだと思います。

世界を股にかけ活躍した落合信彦さんのDNAを受け継ぐ陽一さん。

これから父を超えるようなどんな活躍を見せてくれるのか、本当に楽しみです。

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