山口恵以子が独身でいるのも経歴がスゴすぎるのも母親の影響!?


コメンテーターとしても活躍中の作家・山口恵以子さん。

松本清張賞を受賞するほどの作家は、現役の食堂のおばちゃんなんだとか。

そんなユニークな職歴の持ち主の山口さんですが、これまでの経歴もとてもユニークなんです。

還暦目前ながら独身を貫く山口恵以子さんに迫ってみたいと思います。

 

山口恵以子のプロフィール

【本名】山口恵以子(えいこ)
【生年月日】昭和33年6月6日
【出身地】東京都
【学歴】早稲田大学文学部卒業

 

 

作家・山口恵以子のユニークな経歴

今年で58歳になる作家の山口恵以子さん。

生家は、理髪鋏をつくる工場を営んでいて、多くの工員さんや家政婦さんまでいるご家庭だったそう。

早稲田大学文学部を卒業後、宝石会社に就職したそうですが、幼い頃からの夢は漫画家になること。

就職も最初から腰掛けのつもりだったそうです。

が、その会社が3年で倒産。

漫画を描くことは続けていたそうですが、絵の才能がないと指摘されたこともあり、進む道を変更。

シナリオ研究所に入り、2時間ドラマのあらすじを作る仕事を続けたそうですが、結局芽は出ず、44歳の時に偶然新聞で見かけた食堂のパート募集の広告が目に留まり、食堂のおばちゃん生活が始まりました。

そこから5年目で小説家デビュー。

55歳の時に、「月下上海」で松本清張賞を受賞されました。

こんな大きな賞を受賞したものの、翌年までは、食堂のおばちゃんと作家の二足のわらじをはく生活を続けていた山口恵以子さん。

「食堂のおばちゃん」とひと口に言っても、ただ食事を作るだけではなく、メニューを作ったり、買い出しをしたり、お金の管理まで、調理主任として朝3時起きでハードにマルチに働いていた山口さん。

勤務していた丸の内新聞販売店組合の利用者からも、その味は好評だったようです。

ちなみに、ご本人もおっしゃっていることですが、山口さんはゾロ目の時に転機の訪れる人。

昭和33年6月6日に生まれ、

33歳でシナリオ研究所に入り、

44歳で食堂のおばちゃんとなり、

55歳で松本清張賞を受賞。

この分で行くと、66歳ではどんなことが待っているんでしょうね。

 

独身を続ける理由

現在、独身の山口さん。

漫画家を夢見、その夢に破れて次は小説家としての夢を追い、夢かなった頃にはもう55歳になっていた・・かと思いきや、

実は33歳の頃から40歳までに43人の男性とお見合いをしたんだそう。

結果的に良縁に恵まれることのなかった山口さんですが、本人いわく

「人生をなめていたから」

と言うのが、結婚まで行きつかなかった理由のようです。

お見合いをしつつも、どこかで恋愛を求めていたようで、たいして好みでもない相手と結婚するくらいなら、家にいた方がマシと考えていたそう。

あとは、自らがマザコンだったからと告白している山口さん。

お見合いが成就しなかった理由に、母親にあまりにも大きな影響を受け、お見合いがうまく行かなくても母親がいる、と思っている自分がいたようです。

58歳にもなると、周囲にはお孫さんのいる方も多いようですが、他人と自分とをそういう点で比べて悲観することは、山口さんの場合、全くないと言います。

それは、母親の影響が大きいらしく、山口さんが子供の頃から、よその子と比べることはまったくなかったそうです。

いい年になった娘にも、世間体や年を気にすることなく、自分が納得するように人生を選択していった方がいいとアドバイスしてくれるような素敵なお母さまだったようですね。

しかし、そんな母親も今や要介護状態となり、いよいよ結婚できない状態になってしまったと山口さんはおっしゃっています。

 

母親の影響は偉大!

子育てを語る中で、よく耳にするのが「根拠のない自信のある子」が人生を強く生きていけるということ。

山口さんもまさにそうだったようで、いつか自分は大成すると思っていたそう。

紆余曲折の人生ながら、松本清張賞をとるまでになったことを考えると、やはりこの成果の裏には、山口恵以子さんのお母様が大きく影響しているような気がします。

幼い頃からなめるように育てられたという山口さん。

でも決して甘やかすだけではなく、山口恵以子という一人の人間の人生を悔いなく生きることができるようサポートを続けてこられたようです。

筆者も子の親として、こんな子供への寄り添い方ができればいいなと思います。

でも、孫の顔は見たいかな・・・(笑)

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