中園ミホ 息子の父も脚本家!?波乱の人生経験が上質ドラマを作り出す 


脚本家の中園ミホさんと言えば、最近では大門未知子の「いたしません」が名台詞となった「ドクターX」の脚本も手掛けられましたね。

いろんな恋模様や女性のリアルな生態をドラマにあらわす名手である中園ミホさんですが、実は、中園さん自身の人生もまるでドラマのようなんです。

30代なかばでシングルマザーとなり、一人息子を必死に育て、父親の名前すらいまだに明らかにしていない中園さん。

そこには、どんな思いがあるのでしょうか。

 

中園ミホのプロフィール

【本名】中園美保

【生年月日】1959年7月16日

【出身地】東京都

【代表作】「やまとなでしこ」「ハケンの品格」「Doctor-X外科医・大門未知子」「花子とアン」

 

 

中園ミホ 脚本家になるまで波乱万丈

中園ミホさんは、わずか10歳で父親を亡くし、大学生の頃、19歳で母親を亡くしています。

どちらも病気ということで、幼いながらに心構えは多少あったもしれませんが、2つ年上のお姉さんと二人「孤児」となってしまったのでした。

しかし、通っていた日本大学は無事卒業。広告代理店に勤務し、そこで同僚の影響を受けて、シナリオを書くようになったそうです。

1年ちょっとで広告代理店は退社し、コピーライターや占い師などをやっていきながら、田中陽造さんや桃井章(桃井かおりさんの兄)さんと言った日本を代表する脚本家との偶然の出会いがあり、自身も脚本家の道へ進んだ中園さん。

デビュー作は「ニュータウン仮分署」。岩城滉一さん主演の仮庁舎の警察署を舞台にした刑事ものでしたが、こちらは残念ながら低視聴率で終わったようですね。

しかし、その後月9「For you」を皮切りに、多くのヒット作品を手掛けています。

これらのドラマの脚本を生み出した理由の1つに、占い師の経験があるようですが、四柱推命を中学の時から見よう見まねでやっていたという中園さん。広告代理店をやめた後、占い師の弟子となった時に、有名な政治家などを占い、人を見る目を養ったそうです。

また、脚本を手掛ける際には、とにかく取材を重ねるのが中園流。

しつこくしつこく相手に食い下がることで、本音を聞き出すことができるのだと言います。だからこそ、赤裸々な本音を描くことができ、ドラマを見た多くの人たちから共感を得られるのでしょうね。

 

 

息子の父親は誰なのか?

早くに両親を亡くし、いろいろな仕事を転々とした中園さんですが、おそらく自身の中で大きな転機となったのは、息子さんを産んだことのようです。

中園ミホさんは、34歳の時に息子さんを出産しています。

そのときから現在に至るまで、息子さんの父親が誰であるかは一切口にしていません。

当時、中園さんには熱をあげた脚本家がいたようですが、認知もされていないということです。

今でこそ、いろんな芸能人が不倫の挙句に、いとも簡単に子供を認知したという報道をよく聞きます。でも今から20年前ともなれば、時代が違いますからね。

複雑な事情が絡み合う中で、子供を認知なしに産むことを決めた中園さんが覚悟を決めた瞬間だったのだと思います。

難産の末に生まれた息子さんだそうですが、初めて対面した時に「この世界は楽しいんだろうね?」と問われたような気がしたとか。

筆者も「母親」という立場は同じです。中園さんほど厳しい立場の中で出産したわけではありませんが、「この子を私が守る」という気持ちになったのは確か。

中園さんも息子さんを支えに今日まで頑張ってこられたのだと思いますよ。

でも、そんな息子さんも母親にはシビアらしく、ドラマの感想もめったに言ってもらえないそう。

まぁ、べたべたな親子よりも自然な感じではありますが…。

息子さんも20歳を過ぎ、普通なら、段々と父親の面影が容姿にただよってくるはず。

そういうときの母親って、どんな気持ちで息子を眺めるのでしょうね。

日々のいろんな思いに加えて、重ねた取材を紡ぎ合わせて、中園さんにしか書けない脚本が今からも生まれてくることでしょう。

これからどんなドラマで、どんなセリフで私たちを楽しませてくれるのか、ドキドキして待っています。

 

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