民進党・玉木雄一郎の経歴が見事!蓮舫「泣くな」事件の真相は?


いよいよ9月15日に民進党の代表選が行われますね。

立候補したのは、蓮舫さん前原誠司さん玉木雄一郎さんの3人。

蓮舫さんと前原さんは超メジャー級ですが、玉木さんの存在を初めて知った人も多いのではないでしょうか。

実は私もその1人なんですが、調べてみるとその経歴のすばらしいのなんのって。

でも、ライバルの蓮舫さんに「男が泣くな」と言われるくらい涙もろくもあるようで、そのギャップが主婦層の人気を集めそうな気配です。

今回は、イケメン議員とも言われている玉木雄一郎さんの輝かしい経歴と「泣くな」騒動に迫ってみたいと思います。

 

民進党・玉木雄一郎の経歴が凄すぎっ!!

現在、47歳の玉木雄一郎さんは、昭和44年、香川県大川郡寒川町に生まれました。

ちなみに、大川郡の5つの街が平成の大合併で「さぬき市」になり、寒川町も今ではさぬき市となっています。

実家は兼業農家だったそうで、お父様は経済連に務めていたそう。

香川ではトップの成績を誇る、地元の県立高松高校を卒業し、大学は東京大学法学部へ。学生時代は、勉強だけではなく、陸上部でも活躍されていたそうですよ。

卒業後は、大蔵省に入るものの、政治や行政について学ぶため、アメリカのハーバード大学大学院ケネディスクールに留学します。

この学校は、職業に就きながらも更なる学びを求めて世界各国から優秀な生徒ばかりが集まるところ。生徒と言っても、平均年齢は40歳程度と言いますから、どれだけ熱意を持ってやってくるかがわかります。

大学時代の優秀な成績や推薦状などがないと入れず、職務経験を問われる学科もあります。

ここで、学んだことが、その後の玉木さんの人生を大きく変えたことは間違いありませんね。

帰国した玉木さんは、外務省に出向となります。

担当したのはヨルダン。フセイン国王が亡くなった時には、皇太子殿下夫妻に随行して国葬に参列したそうです。

32歳で大阪国税局の総務課長に就任。翌年には内閣府へ出向し、当時内閣府特命担当大臣を務めていた石原伸晃さんの秘書専門官となります。

その後、財務省勤務を経て、平成17年、36歳で衆議院選に初挑戦します。

投票日のひと月前まで財務省で働いており、準備不足もあってか、落選。

しかしこの時の得票70177票だったと言いますから、あっぱれな数字です。

そして4年後、再び衆院選に挑戦し、見事当選。

選挙こそ一度落選しているものの、見事なエリート人生です。

本人の努力がもちろんあるんでしょうが、それでもあっぱれな経歴ですね。

現在は、さぬき市に妻の恵理さんと息子さんと暮らしているそう。

多忙な玉木さんながら、その政治への思いは妻へも息子へも十分に伝わっているようで、息子さんはとても父親のことを尊敬しているんだとか。

家族の支えが玉木さんの何よりの原動力なのかもしれませんね。

 

蓮舫からの「泣くな」の真意は?

日本のことは元より、地元・香川を愛し、ふるさとのために力を尽くしていることがよくわかる玉木雄一郎さん。

そんな玉木さんが、蓮舫代表代行に「男が泣くな」といさめられるシーンがあり、評判になっています。

その騒動が起こったのは、9月7日、長野市でおこなわれた民進党代表選の候補者討論会。

前原誠司さんが、旧民主党時代の失敗についてふれ、謝罪するシーンがあったのですが、そのあとに発言した玉木さんが、前原さんの数々の功績をあげ、謝らないでくれと涙ながらに熱く語ったのです。

そしてその後の蓮舫さんの発言が「男が泣くな」だったとうわけ。

でも、この字面だけ見ると、男勝りの蓮舫さんが厳しく叱責したのかと思いますが、実は笑顔も交えての「男が泣くな」だったんです。

泣きたいことも、時には泣いてしまうこともあるだろうけど、自分たちを信じてついて来てくださる方たちのために頑張らねばならない。

そういう意味の激励だったんですね。

今はライバルでも、以前は前原さんの元で仕えていた玉木さん。一番近くでその頑張りを見ていただけに、謝って頭を下げる前原さんの姿が悔しくもあったのでしょう。

これまで数々の厳しい発言で話題となった蓮舫さんだけに、報道する側もそんな書き方をしたのかもしれませんが、個人的には、ほっこりする場面でした。

 

蓮舫さんもいいけど玉木さんもアリ!?

そんな仲間意識も見え隠れする代表選のような気がしますが、果たして誰が代表となるのか。

東京都のトップが女性となり動き出した今、蓮舫さんもそれに続くと日本は面白くなりそうな気もしますが、玉木さんの人間味にもかけたい気がします。

うどん県で培ったしなやかだけれどコシのある政治を見てみたい気もしませんか?

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