若新雄純は本名だった!学歴は普通だけどやることはぶっ飛んでる!?


コンサルタントであり、慶應大学の大学院などで教鞭もとる若新雄純(わかしんゆうじゅん)さんがワイドナショーに出演されます。

名前の字面だけ見ると、若い人かおじさんか、男か女かさえ見当がつきませんでしたが、調べてみると想像以上に若そうな男性でした。そして何とも個性的な生き方をされている方のようです。

中でも特徴的なのは、戸籍を改名されていること。若新雄純さんというのは改名後の本名なんだそうです。

戸籍で名前を変えるのはかなり難しいことですが、どうしてそんなことをされたのでしょうか。理由が気になりますね。

大学で授業も行っているということなので、学歴なども調べながら、今回は、若新雄純さんについて迫ってみたいと思います。

 

若新雄純の本名

若新雄純さんは、福井県若狭町の出身です。

何とも珍しいお名前ですが、「若新」という名前は全国に70人ほどしかいない名前だそうで、一番多いのは若新さんの出身地福井県です。

若新さん自身もこの「若新」という本名の苗字は大変気に入っているらしく、大学に通っていた頃、この苗字に合って、かつ自分の納得のいく名前に変えようと、ある日思い立ったんだとか。

というのも、若新さんは「自分」というものをかなり過剰に意識する人らしく、自分の周りの環境と自分との接し方について、ものすごく考え込む質なんだとか。

そんなふうにして、「自分」を見つめ直した時に、それまで使っていた本名がどうにもしっくりこなかったよう。

そこで、ご両親の名前をアレンジしたりして、30分ほど考えて出た名前が「雄純」だったそうです。

まさにインスピレーションでの決定だったようですが、それ以降、若新さんは「雄純」を通称して使い始めます。

ちなみに、それまで使っていた本名については明かされていませんが、名前を捨てるということは、親の思いをふみにじることにも繋がります。

そんなことも考えられてか、両親の名前をアレンジして「雄純」という名前をつけたとのこと。

しかし、通称として使うだけでは、もちろん本名にはなりません。

戸籍から本名を変えるには、家庭裁判所を納得させるようなきちんとした理由が必要です。

例えば、世襲により改名が必要だったり、珍奇な名前でいじめにあったり、出生届の時に誤っていたりなど。

もちろん、若新さんが名前を変えようと思った理由はこれらには当てはまりません。

唯一、変更できる方法は、「長年使用した通称を本名にする」ということ。

そこで、すぐに通称として「雄純」を名乗りはじめた若新さんは、それまでの判例通り最短の5年で「若新雄純」という本名を手に入れたのでした。

 

若新雄純の学歴

福井県若狭市に生まれた若新さんは、地元の若狭高校に進学されました。

この学校は、1774年に藩の学校として開校され、長い歴史をほこる学校です。

この高校を卒業後、すぐに大学には進学せず、アルバイト暮らしをしていたそうですが、その後宮城大学に進学され、そして慶應大学の大学院で修士号を取得されました。

こうやって書くと順風満帆な人生のように聞こえますが、ご本人的にはとても苦労があったようです。

中学生の頃には、重い中二病にかかったことで、現在の「自意識過剰」の元ができたようだと言われています。中二病とは、思春期に起こる病で自分を愛しすぎて、自分によいしれた状態になること。いわゆる不良になってみたり、マイナー路線に走ってみたりとタイプがいくらかわかれるようです。

今の若新さんのルックスを見ると、それがよくわかりますね。X-JAPANのYOSHIKIさんのファンということで、人の見た目が気になることも想像できます。

 

若新雄純の活躍に注目

若新さんのこれまでの挑戦は、何ともユニークなものばかり。

ニートばかりが働く会社を作ったり、地元の鯖江市によるまちづくりプロジェクトで女子高生だけを起用したり。

さすが、自分のことがとにかく気になる若新さんらしく、自分以外の他者への目のつけ所もユニークですね。

人から少しでもよく見られたいという気持ちは、誰しもが持っていると思いますが、その思い自体はできれば人に悟られたくないもの。

でも、若新さんはそれを恥じることなく公表していて、そんな正直さが、ニートばかりの会社や女子高生ばかりの課など、一瞬「何それ?」というような企画を人に真剣に考えさせるのかもしれません。

飾っているようで飾っていない、そんな若新さんの活躍がこれからも楽しみですね。

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