太田光代の不妊治療の過去!原因は旦那・太田光にもあった!


爆笑問題・太田光さんの妻であり、芸能事務所「タイタン」の女社長である太田光代さん。

現在52歳の光代さんですが、過去に不妊治療に挑戦されていた時期があるそうです。

しかし、原因は光代さんだけではなく、旦那様の光さんにもあったんだとか。

どんな治療をされてきたのか、迫ってみたいと思います。

 

 太田光代の不妊治療

爆笑問題・太田光さんと光代さんが結婚したのは1990年9月。

モデル出身の光代さんが太田プロに入ってお笑い芸人に転身し、そこでの同期が爆笑問題だったのです。

そして光代さんの家に転がり込む形で一緒に住み始めて1年足らずでの結婚となったよう。

こういうパターンだと、ずるずると結婚を先延ばしにする人たちも多いようですが、当時のお二人には勢いがあったのかもしれませんね。

しかし、その出会いの場の太田プロもそろって辞め、1993年には芸能事務所「タイタン」を設立。

26歳で結婚した光代さんでしたが、忙しさもあってか子供はできなかったようで、真剣に子供がほしいと思ったのは、結婚から10年経った頃だったといいます。

現在の不妊の定義は「避妊をしていないのに1年以上妊娠に至れない状態」を言うそうです。

光代さんも、当時の年齢が36歳「排卵障害」があったということで、すぐに不妊治療を始められます。

しかし、排卵誘発剤を使った投薬治療は、体に大きな負担があったようで、重度のつわりと同じような症状に襲われる日々。妊婦のつわりは、その先に赤ちゃんと会えるという希望があるので、何とか乗り越えられますが、光代さんの場合ははっきりした希望があるわけではなく、とてもつらい治療が続いたようです。加えて、体重も激減。

とうとう3年で治療を断念したそうです。

 

最後の不妊治療への挑戦

光代さんは30代で行った地獄の不妊治療から10年ほどが経ち、40代後半に差し掛かった頃、最後の不妊治療に挑まれます。

医療の世界も日進月歩。光代さんが挑んだのは「顕微受精」でした。

顕微授精とは、採取した精子と卵子を体の外で授精させて子宮に戻すという方法。今から20年前ぐらいに開発された方法ですが、次第に一般的な治療法にはなってきたものの、人工授精や体外受精で成功しなかった最後の砦という意味合いのものです。

また1回に100万円近くの費用がかかることから、経済的な余裕も必要になります。

光代さんは、3回の顕微受精で3回とも受精卵はできたものの、最初の2回は着床に失敗。3回目の結果は明かされてはいませんが、おそらく成功されなかったようです。

このころ、年齢が48歳。

本当に最後の挑戦だったということがわかりますが、顕微受精といえど、年齢が上がれば上がるだけ妊娠する確率は減っていくもの。

光代さんの年代なら、数パーセントという確率だそうです。

厳しいですね…。

 

 

不妊の原因は太田光にもあった

こうやって書いてくると、太田光代さんにだけ不妊の原因があったかのように思われるかもしれませんが、実は、太田光さんも「乏精子症」だったそうです。

これは男性不妊の第1位ともいわれる原因。男性の10人に1人は精子に問題があるということもありますので、決して珍しいことではありませんね。

以前は、不妊というと女性ばかりが責められることも多かったようですが、今は半分が男性側に問題があると言われているようです。

 

離婚はしないという選択

太田光さん、光代さん夫婦を見ていると、光代さんだからこそ夫婦の関係が成り立っているのかなと思うことがあります。

テレビの中でも奔放な太田光さんは、プライベートでも同じ感じのようですので。

どうして離婚しないのかという問いに、妻の光代さんは離婚の手続きもするのは自分だろうし、離婚して若い女と再婚されるとたまらない、と答えていました。

そんなことは言っても、やはり情があるんでしょうし、傍から見ているととてもお似合いのご夫婦ですよね。

子供は、ほしいと強く願う夫婦のところにやってきてくれないことがよくあるなと思います。

逆に、子供が虐待されたニュースなどを見ると、本当に悔しくなります。

それでも、現在52歳の光代さんは愛猫や愛鳥に囲まれて、とても穏やかな毎日を送られているよう。旦那さまがもう少し寄り添ってくださると、さらに充実した日々が送れるのかもしれませんね。

 

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