君に捧げるエンブレムの実話モデルは京谷和幸!嫁と二人三脚で歩む現在がカッコイイ


嵐の櫻井翔さんがドラマスペシャル「君に捧げるエンブレム」に主演されます。

実話をもとに作られたこのドラマですが、モデルは京谷和幸さん。

元々Jリーガーの選手だった京谷さんが、交通事故で自由のきかない体となり、車椅子バスケの道を歩んでいく姿、そしてお嫁さんとの夫婦愛が描かれているようです。

京谷和幸さん自身がモデルとなり、要潤さんが主演を務めた映画「パラレル」が公開されたり、「スラムダンク」で有名な井上雄彦さんが車椅子バスケを描いた漫画「リアル」にも影響を与えたりと、日本で車椅子バスケ界に大きな影響を与えている京谷和幸さん。

今回は、ドラマ「君に捧げるエンブレム」のモデルとなった京谷和幸さんに迫ってみます。

 

「君に捧げるエンブレム」のあらすじ

フジテレビの新春ドラマスペシャルとして放送される「君に捧げるエンブレム」

主人公は、幼い頃から天才と称されてきたサッカー選手の鷹匠(たかじょう)和也

Jリーグ入りも果たし、日本代表にも選出され、サッカーの王道を歩んでいた和也は、婚約者・未希との結婚を間近に控えたある日、交通事故にあいます。

脊髄を大きく損傷し、一生車椅子の生活という衝撃的な現実を突きつけられた和也でしたが、婚約者の未希はあえて婚姻届を差し出して和也を支えます。

そんな中、リハビリセンターで和也が出会ったのが車椅子バスケ。

その魅力にたちまちとりつかれた和也は、パラリンピック代表を目指し、車椅子バスケの世界に挑戦していくのでした。

 

「君に捧げるエンブレム」は実話!モデルは京谷和幸

この「君に捧げるエンブレム」の原案となったのは、京谷和幸さんの「車椅子のJリーガー」

そう。「君に捧げるエンブレム」は、著者の京谷和幸さんをめぐる実話であり、主人公の和也のモデルとなったのは京谷和幸さん自身なんです。

京谷さんは、1971年に北海道で生まれ、地元の室蘭大谷高校時代には、3年続けて全国高校サッカー選手権に出場したほどの名プレーヤーでした。

高校を卒業し古河電工に入り、翌年プロ契約も果たし、1993年にはJリーグが開幕。ジェフユナイテッド市原で公式戦初出場も果たしますが、その2ケ月後の1993年11月28日、自身が運転する車で交通事故にあいます。

小雨が降る明け方、脇道から飛び出してきた車を避けきれず、電柱に激突したのです。

京谷さんは、事故にあったこの日、古河電工の同期入社で婚約者の陽子さんと衣装合わせに行く約束をしていました。

そのことも考え申し訳なさでいっぱいだった京谷さんでしたが、そんな彼に、事故から数日経ったある日、陽子さんは突然入籍しようと言い出したそうです。

その時、まだ詳しい病状も知らされていなかった京谷さんでしたが、陽子さんに押される形で事故から11日で入籍。

そして、そこから程なく、陽子さんが病室に置き忘れた日記を見てしまった京谷さんは、自分が一生下半身不随のままであることを知るのです。

陽子さんの猛烈な愛を感じずにはいられない実話ですが、この陽子さんの存在がなければ、いまの京谷さんはなかったとご本人が言っています。

それからいろんな苦悩を夫婦で乗り越えながら、出会った車椅子バスケでシドニー、アテネ、北京、ロンドンと4回のパラリンピックに出場。

現在は、各地での講演活動や車椅子バスケの普及活動に励まれています。

 

嫁と共に歩む現在の京谷和幸がカッコイイ!!

下半身が自由のきかない体となった京谷さんは、当時22歳。

それまでは、サッカーをしながら、「オレ様」的な態度や考え方ばかりをしていたと言いますが、それまでの京谷さんの活躍、22歳という年齢を考えれば、それも仕方ないのかもしれません。

しかし、事故にあったことで、その性格も一変しました。

そうしたのは、お嫁さんの陽子さんの愛やサポートであり、周囲の人たちの声にきちんと耳を傾けることのできた京谷さん自身の素直な心だったのではないかと思います。

今では一男一女の親ともなり、多くの出会いに感謝し、日々熱くいろんなことに打ち込む京谷さんは、本当に素敵ですね。

「君に捧げるエンブレム」は、夫婦の愛が一つのテーマとなっていますが、京谷さんは車椅子バスケを通してパラスポーツをもっと理解してもらえたらと語っています。

次のオリンピックは東京開催ということもありますし、ぜひ、京谷さんの願いが今回のドラマを通して少しでも夢に近づくよう、応援したいですね。

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