オノヨーコの家系図が豪華!子供はショーンレノンだけではなかった


故ジョン・レノンさんの妻・オノ・ヨーコさん。

世界的ミュージシャンの妻というだけでなく、オノ・ヨーコ自身としても、芸術家だったり平和活動家だったりと、さまざまな顔を持つ才能多き女性ですが、その家系図を見るとすごい家柄に生を受けたということがわかります。

そんな血を受け継ぐ子供は、これまでショーンレノンさんお一人かと思っていましたが、他にも娘さんがいたんですね。

今回は、オノ・ヨーコさんの家系と子供について書いてみたいと思います。

オノヨーコの家系図

1933年、昭和8年、東京に生まれたオノ・ヨーコさん。

父親はオノ・ヨーコさんが生まれた時、横浜正金銀行(よこはましょうきんぎんこう・東京銀行の前身)のサンフランシスコ支店で副頭取の職に就いていた小野英輔氏

そして、その英輔氏の父親・小野英二郎氏は日本銀行勤務を経て、元日本興業銀行の第4代総裁となった人物です。

父親の英輔氏は、銀行員になる前、ピアニストを目指す若者だったようで、オノ・ヨーコさんも幼い頃からピアノを教えられていたそう。強制的な部分もあったようですが、この経験が少なからず、オノ・ヨ―コさんのミュージシャンとしての資質を築き上げたのでしょうね。

と、父親だけでもすごい家系ですが、母親も実に由緒ある家柄の出です。

母の磯子さんの祖父・安田善次郎氏は貴族院の議員を務めていた人。日本の四大財閥の一つとされた安田財閥の祖と言われていて、磯子さんの父・善三郎氏は善次郎氏の次女・てるさんと結婚し婿養子入りしました。

後に、安田家と離縁した善三郎氏でしたが、裕福さは持続していたようで、オノ・ヨーコさんの母親の育った家庭も当時には珍しく自家用車のある家だったそうです。

 

オノ・ヨーコの生い立ち

父親はエリート銀行家、母親は由緒ある家庭の息女という両親のもとに育ったオノ・ヨーコさんは、日本で生まれたものの2歳で父親の元に渡米されています。

しかし、戦前の混乱を避けて4歳のときに母とともに帰国。その後の幼少期の1~2年を鎌倉にあった安田家所有の別荘で過ごしたそうですが、なんとこの時、母親の磯子さんは東京での社交に明け暮れていたため、別荘では使用人たちと暮らしていたのだそうです。

両親も弟妹もいない広い家で過ごしたこの頃のことは、オノ・ヨーコさんの記憶にも深く刻まれたようで、当時は悪夢を見る毎日だったとか。

この年頃の子供にとって、必要なのは、お金でもモノでもなく親の愛情のはず。ちやほやしてくれる大人たちに囲まれても、きっとヨーコさんの心は寂しさでいっぱいだったのでしょうね。

その後も、アメリカで働く父親のもとと日本とを戦争に追われるように行き来していたオノ・ヨーコさん。

父親はピアニストへの夢を家族の説得により断念し、銀行家への道へと進みましたが、ヨーコさんはアーティストの道を進むことになりました。

 

子供はショーンレノンだけではなかった

オノ・ヨーコさんの子供と言って思い出すのは、やはりジョン・レノンさんとの間にできた息子ショーン・レノンさん。

しかし、オノ・ヨーコさんにとってジョン・レノンさんは3番目の夫です。

最初の結婚は、23歳の時。ニューヨークに移り住んでいたヨーコさんは、ジュリアード音楽院に通う一柳慧さんと出会い、結婚します。日本人同士の結婚ということで、日本に活動の拠点を移しますが、程なく二人は離婚。

次にヨーコさんが出会ったのがアンソニー・コックスさんです。ミュージシャンであり映像作家であった彼に、当時、アーティストとして酷評ばかりを受けていたヨーコさんは救いを求めたようです。

そしてこの2人の間にできたのが、ヨーコさんの長女となるキョーコ・チャン・コックスさん。しかし、この結婚も6年で破綻。

と言うのも、コックスさんと結婚していながら、ロンドンに仕事で訪れた時、ジョン・レノンさんと出会って恋に落ちてしまったから。

結果、キョーコさんはコックスさんが引き取り、離婚が成立した翌月に、ジョン・レノンさんと結婚されました。

そして結婚から6年後に誕生したのが、ショーン・レノンさんです。

ちなみに、ジョン・レノンさんにとってショーンさんは次男。

前妻との間に長男・ジュリアン・レノンさんがいます。

夫婦合わせるとなかなかの離婚歴ですが、アーティストとして生きる二人にはそれが必然だったのでしょうか。

前夫との間に生まれたキョーコさんとは、長く絶縁状態だったそうですが、今では親交があるそう。子供の幼心には、親の色恋沙汰は許せないものでしょうが、時間がそれを解決してくれたのでしょうか。

何とも難解な問題が多いですね。

 

オノ・ヨーコとジョン・レノンを結んだもの

オノ・ヨーコさんの生い立ちから少女時代の生活を見ていると、時代背景となまじ裕福な家庭ということで、必要なときに必要な愛情が受けられなかったのではないかと感じます。

そして、ジョン・レノンさんも、船乗りの父、ジョンさんを産んですぐに男の元へ走った母という両親不在の環境の中、おばの元で育てられます。

最初の子供、ジュリアンが誕生した時もどう子供に接していいか分からなかったと言いますから、想像できないほど空虚な気持ちで子供時代を過ごしていたことでしょう。

そんな二人だったからこそ、アーティストという共通項で繋がることはもちろん、心の底から求め合うものがきっちり合致したのではないでしょうか。

二人にこんな複雑なバックグラウンドがあるとは知らなかったので、改めて二人がつくりあげた作品を振り返ると、また違う感動がありますね。

同じ日本人女性としては、オノ・ヨーコさんがとても誇らしい存在に思えます。

体調を崩されてるという話もありますが、まだまだ元気にその姿を見せてほしいものです。

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